1945年3月10日未明
東京の下町に、アメリカ軍の爆撃機が押し寄せました。指揮を執ったのは、カーチス・ルメイという軍人です。「焼夷空襲理論」を実戦に用いた指揮官です。

その理論の検証のため、米軍はユタ州の砂漠に実験場を建設し、日本の木造長屋を模した建物を用意。ちゃぶ台や座布団、タンスや障子に至るまで内外装を忠実に再現しました。 実験場で、米軍は複数の焼夷弾を上空からばらまき、落下軌道、燃焼範囲などを細かく分析しました。天井裏にとどまるか、天井板が取り外されていれば床の上に横倒しになって、火を噴くように設計されたのだそうです。

その日、およそ10万人が命を落としました。多くの人が、火から逃れようと川に飛び込みましたが、水面に浮いた油に火が移り、川もまた焼けました。防空壕も酸素が足りず、窒息死する人が相次ぎました。この空襲で狙われたのは、軍事施設ではありません。そこにいたのは、ふつうの人々です。それでも、町ごと焼かれました。

私の母は、当時16歳、墨田区に住んでいて、奇跡的に戦禍を免れました。しかし、母のいとこに当たる人が2人、犠牲となったそうです。

戦争が終わって20年近く経った1964年、な、なんと日本政府は、カーチス・ルメイに「勲一等旭日大綬章」という勲章を贈ったのだそうです。理由は「航空自衛隊の創設に尽力したから」だそうです。この勲章は形式上、「天皇から贈られた」ことになっています。
でも、当時の昭和天皇は、「なぜあの人物に」と不快感を示したとも伝えられています。それでも、叙勲は行われました。なんということでしょう!

私たちは、こうした出来事を学校で全く教わりません!今回のルメイのこともNHKの「映像の世紀 バタフライエフェクト」という番組で知りました。 かつて、東欧革命が起きた背景の1つにビートルズの「ヘイ ジュード」があったとの分析を取り上げた番組です。加古隆さんの哀愁を帯びたテーマソングの効果も相まって、つい涙腺が緩んでしまう番組です。