私の住んでいたところは、昭和30年代末から急速に始まった宅地化以前、ほんとうに「ド田舎」でした。
近所に住む方が亡くなったときに、「野辺の送り」を経験しました。亡くなった方はまだ30代でしたっけ、交通事故死でした。私の遊び友達のお父さんでして、残された若奥さんや親御さんたちの悲嘆をいまでも鮮明に覚えています。私が5,6歳ころの出来事でした。
ドラのような打楽器や読経を聞きながら、私は親に手を引かれて、畑道のような狭い道を歩いて行きました。棺桶を担ぐ人もいました。土葬でしたから、掘った穴に棺桶がそろりそろりと下ろされていきましたっけ。
次の思い出は、私が中学3年生だったときの父の葬儀で、父もまた交通事故死でした。狭い家、狭い庭だったのですが、自宅で葬儀が行われました。あの頃は斎場とかセレモニーホールとかなんて近所にはまったくなくて、自宅葬が当たり前でした。それにしてもあんな狭い空間で、祭壇が置かれ、僧侶が読経し、近所の方々はもちろん、親戚や会社関係の方も参列され、よくもまあ、執り行われたものです。学校の友達も線香を上げにきてくれましたし・・・
社会人となりましてからは、職場の上司や同僚の御両親とかの葬式に関わることがたびたびありました。依頼があれば、葬儀の受付とかのお手伝いをすることもありました。それが平日ですと、休暇の手続きをとることなく出向きました。いや、手伝いでなくて単なる参列であっても、職務とは無関係なのですから休暇を取るべきなのでしょうが、そうしなくていいという慣習と言いますか、暗黙の取り扱いがありました。そういえば、訃報も各課所へ文書を配布する棚へ入れましたっけ。それは公式文書を配布するための棚なのですが、訃報は入れてもいいという、これも慣習と言いますか、暗黙の取り扱いとなっていました。
時代はすっかり様変わりしました。地域、職場が関わる葬儀はほとんど姿を消し、いまでは家族葬が主流、1日葬や直葬とかのスタイルも少しずつ増えてきました。
私が住む自治会でも、今年に入って3人の方が亡くなりましたが、すべて家族葬のスタイルを選択されていました。
昨日も、訃報の回覧を依頼されて各班へ配布したのですが、家族葬でした。しかも、式を済ませた後のお知らせ文書でした。亡くなられた方は、かつてお世話になったことがある方、焼香したかったなぁ・・・

